当哲学カフェの公式メールマガジン「アテナイの路地裏」から、特に反響の大きかった記事を、限定公開いたします。
今回は、2026年3月12日配信「アテナイの路地裏」No.107、「田村玲子視点の『寄生獣』異聞」です。
《以下転載》
おはようございます。
主宰の藤澤です。
3/7は、
岩明均『寄生獣』で哲学カフェを開催しました。
説明するまでもない
日本コミック史の金字塔です。
今回は、「スゴ本中の人」こと書評家の
Dainさん(https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/)
にご参加いただき、
大変エキサイティングな時間を過ごせました。
さて、いくつも論点があって、
語り尽くせないんですが、
議論の中で出てきた2点に絞ってお話します。
まず第1に、
パラサイト田村玲子(田宮良子)について
彼女(?)は、
様々な計画を市長の広川と画策しました。
しかしながら、その想い半ばで、
警官隊の銃撃に斃れます。
彼女の計画とは何であったのか?
これを哲学的に考察する議論がありました。
そのヒントは
ハンナ・アレントの『人間の条件』
アレントは人間の営みを3つの領域に分けました。
1.「労働(レイバー)」
…生命それ自体の条件。食事などの生存するための行為。
2.「製作(ワーク)」
…人の世界性の条件。人工物の制作により
自然界と分離して独自の世界を構築。
「活動アクション」
…人間の条件。事物ではなく、
人と人の関係性・複数性で進行する。
即ち「政治」の誕生。
寄生獣は、個々で活動する生命体です。
ですから、捕食という単体での
「労働」の段階にいます。
これを群体へ、
つまり、組織化
ひいては、社会化しようと
したところに田村玲子の特異性がある。
田宮はAと
実験的な繁殖行動をし、
妊娠してみます。
これは、パラサイトにとっては
喰うという消費一辺倒から
一種の「製作」段階への昇華といえます。
性交から妊娠を
「製作」と表現するのには
違和感や嫌悪感を持たれるかもしれませんが、
パラサイトの感覚では、
機械的な「製作」に過ぎないでしょう。
(しかし田宮玲子の最期では、
「母性」が現出する訳ですが)
そして田村玲子による
社会化計画の最終段階が「活動」としての
東福山市政の掌握です。
広川を頂点とした寄生獣の
「社会」を構築し、持続可能性を手に入れること。
田村玲子が、
人間の恐ろしさとパラサイトの非力さを
何度も強調するのは、この社会の有無です。
個々のパラサイトが
いくら強力でも、
社会化した集団としての
人間には太刀打ちできない。
(これは後に東福山市役所掃討作戦で証明されます)
その社会の構築には、
パラサイト同士の議論・対話・妥協
という「活動」の契機
即ち「政治」が求められます。
田村玲子が
自らを抹殺しに来た
パラサイト「草野」の私刑的行動を
絶賛したのはこの為です。
パラサイト集団の
個性の無さは逆に命取りになる。
多様性がない種は、
ひとつのウィルスで
一撃で全滅する恐れがある。
同じように
多様性がない社会は
ひとつの方向性しか持たなくなり、
様々な事象への対応が不可能になる恐れがある。
しかし、この壮大な計画は、
「名探偵」の活躍で、
田村玲子が斃れたこと
日本政府による
東福山市役所掃討作戦で
広川を喪ったことで、
完全に潰える訳です。
いつも思うのは、
もし、田村玲子が生存していたら、
この物語は、一体どういう方向に
進んだのか?
興味は尽きません。
さて第2に、
なぜ泉新一は、
瀕死のパラサイト後藤に「ごめん」と
謝りながらも止めを刺したのか?
その時の
新一の内面の葛藤について
これには、
「倫理」の距離
視点をどこに置いて倫理的判断を下すのか?
という点がポイントのように考えられます。
新一としては
後藤を生かす選択肢もありました。
それは、新一本人の心の声として明記されています。
後藤も
生きるために必死な訳です。
それを殺す「権利」があるのか?
しかし、この視点は、いわば、
人間から遠ざかる倫理です。
「望遠鏡的博愛」という言葉があります。
これは、ディケンズの小説から来ています。
博愛の精神(倫理)が
遥か遠方に注がれ、自分の足元の窮乏や不正に
全く関心を持たない有り様をディケンズが皮肉った言葉です。
望遠鏡で遥か遠くの
困窮を助けようとしながら、
自分の周囲の困窮は目に入らない。
マザー・テレサの
「国内に貧しい人がいるのに
国外の人を助けようとする人は偽善者です」
という言葉の方がわかりやすいかもしれせん。
(この言葉が本当に彼女の言葉かは異論がありますが)
より人間側の倫理に立てば、
後藤を見逃せば
今後も犠牲者も増えるだろうし、
自身と周りの人間の安全を保てない。
この葛藤が
新一にはあったのでしょう。
どちらの
倫理に立つかは、
あの時点では完全に自由です。
そして後者を選んだのです。
棄てた方の「倫理観」への「ごめん」。
PS
大変面白い回でした。
最後に、
今回参加してくださった
Dainさんからの
『寄生獣』を読むための2冊を
ご紹介します。
・萬屋博喜『SFマンガで倫理学』さくら舎
・宮崎駿『風の谷のナウシカ』徳間書店
【参考文献】
・ハンナ・アレント『人間の条件』ちくま学芸文庫
・松本雅和『政治哲学講義』中公新書
《転載終わり》
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