- 2026年9月1日
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【空席あり】10/25(日)ミヒャエル・エンデ『モモ』~「私たちは遊びをする最後の人間なのか?」【初心者大歓迎】
「おまえたちは、遊びや物語をするさいごの人間になるだろう」 『モモ』岩波書店、337頁 今回は、ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデ(1929-1995年)の代表作である『モモ』をテーマに哲学カフェを開催します。 言わずと知れた、児童文学のロングセ […]
「おまえたちは、遊びや物語をするさいごの人間になるだろう」 『モモ』岩波書店、337頁 今回は、ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデ(1929-1995年)の代表作である『モモ』をテーマに哲学カフェを開催します。 言わずと知れた、児童文学のロングセ […]
「砂漠が美しいのは」と王子さまは言いました。「砂漠がどこかに井戸を隠し持っているからなんだ……」 『星の王子さま』平凡社、2006年、135–136頁。 今回は、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944年?)の代表作『星の王子さま』を […]
「戦後、日本は常に彼の国の属国だ。」 「戦後は続くよ、どこまでも。だから諦めるんですか?」 (「シンゴジラ」より) 「もし、あなた方の国、アメリカとソ連にゴジラが現れたら、その時、あなた方は、首都ワシントンやモスクワで、躊躇なく核兵器を使用する勇気が […]
日常がちゃんと営まれていた。訓練で何よりもつらいのは、演習場の外、パジェロの窓の向こうに日常があるにも拘わらず、みじめに穴倉で眠ったり風呂に入れなかったり寝れなかったりすることだ。そういう点からいえば、今も何も変わっていない。 砂川文次『小隊』文藝春 […]
さらにオカルトは、ときおり観察者たちに媚びるかのように振舞うこともある。言葉にすれば「見え隠れ」だ。まるで性悪女のように、オカルトは観察者を翻弄する。隠れたかと思うと小袖の先をちらりと見せ、思わず目を凝らせば、また姿を消す。 『オカルト』角川書店、2 […]
黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ、(中略)されば遠野郷の人は、今でも風の騒がしき日には、きょうはサムトの婆が帰って来そうな日なりという。 柳田國男『遠野物語』(八段) 今回の哲学カフェは、スタジオジブリ制作によ […]
苦痛を受けとる主体──「わたし」の存在が問題なのです、と医者は答え、さらに言葉を継いだ。いったい、どこからが「わたし」なんでしょうね、と。いったいどれだけの脳の部位、どれだけの人格や意識を構成する機能モジュールが残存していれば、「わたし」と呼ぶに充分 […]
専門用語なしで「哲学」をするという、ソクラテスの原点に還った池田晶子の代表作です。これぞ哲学対話。 本当に専門用語なし。 語り口は柔らかで、平易で、文字通り、中学生、いや、小学生でも、読むことができます。 しかし、そこで、問題にされていることは重大か […]
「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」 R・V・ヴァイツゼッカー(1985年・終戦40周年記念演説/西独大統領) 毎年8月の終戦記念日に合わせて開催し […]
人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ フランクル『夜と霧』みすず書房、2009年、145頁。 毎年8月は、戦争と平和を考えうるテーマを集 […]