【開催後記】罪と罰の迷宮 死刑の哲学~萱野稔人『死刑 その哲学的考察』を読んで~

justitia

*2020年2月15日に開催した哲学カフェのレポートです。

今回は、萱野稔人『死刑 その哲学的考察』を読んで、「死刑」問題を考える哲学カフェを開催致しました。

Philosophy cafe 20200215

ご参加頂いた皆さま、ありがとうございました。

最初に、本書の感想を伺いました。

  • よく練られていて、良い本。
  • 死刑賛成派と反対派が、自分の道徳的優位のマウントを取り合っているような本が溢れる中、抑制的・禁欲的に書かれていて評価できる。
  • 内容を理解するのが精一杯で、自身の意見の構築までいかなかった。
  • 躊躇したが、読み始めたら、大変興味深かった。
  • 現在、法律関係のアカデミックな場にいるが、実は、こういうテーマは話す場は限られているので参加した。
  • 長年、死刑廃止の立場だったが、ある事件の犯罪の行状を知ってしまい、その残虐さに正直悩んでしまって参加した。

大変重い、現在進行形の問題であり、様々な論点が出ました。

環境決定論の是非

凶悪犯罪に対して、一体社会に、どこまで責任があるのか?

よく死刑問題で出る論点であり、実際の裁判でも、被告人の「環境」が争点になることがあります。

もちろん、はっきり白黒はつけられないのですが、人間の人格が、先天的なのか、後天的なのかは、古代にまで遡れる論争です(プラトンとアリストテレス)。

刑罰応報主義か?刑罰矯正主義か?

刑罰の目的を考える時に、二つの考えがあります。

刑罰は復讐・因果応報としての罰なのか、再教育・更生・矯正するものなのか?

色々、ご意見いただきました。

その中で、本書にもあった池田小事件や、ウトヤ島事件(ノルウェー連続テロ事件)の対比も出ました。

ウイキペディア ノルウェー連続テロ事件

池田小事件では死刑判決・死刑執行されていますが、ウトヤ島事件の犯人は禁固刑(最低10年~最高21年)で今なお壮健です。

77人を殺害した犯人が最長21年の禁固刑というの、ノルウェー国内でも、かなり議論になりました(EUは死刑廃止)。

77人を殺したうえでの矯正とは?

77人を殺したことの罪と罰は?

「終身刑導入」は安易な解決法?

本書では、死刑の不可逆性(取り返しがつかない)と冤罪の潜在性から、終身刑の導入を一応結論していますが、不可逆性から言えば、どの長期刑も、その人の人生を奪う不可逆性を持っており、死刑だけを、特別否定するのは困難ではないか?という反論もありました。

また、現状の無期懲役の運用は、特に「マル特無期」(求刑が死刑だったが、判決が無期の服役囚は運用上、仮釈放対象にしない)のように、事実上、運用として終身刑があると同じなのに、今更感がある、との指摘も。

しかし、逆に、その「運用」で、「終身刑」が実施されているような現状こそが不当だとの再反論もありました。つまり、運用でそのような刑期調整をしているのは、法務省、ひいては行政部の専横であり、権力分立、司法部の独立を脅かしている、故に「終身刑」は立法すべきであるということでした。権力分立をどう捉えるかに関わってきます。

論点の次元がズレている?

「犯罪の動機の解明」と「罪に対する罰」は、そもそも次元が異なっているという声もありました。ここを一緒に議論する故に、筋道がおかしくなるということですね。違う次元の話では、そもそも噛み合う訳が無いと。

確かに、「死刑問題」という括り方をすると、罪と罰という倫理的・形而上的な次元の問題と、死刑の効果(社会防衛の機能)とその欠陥(冤罪、手続きの軽重)という政治的・社会的・政策的な次元の問題が混在してしまう。

また、本書の“欠点”として、カントの定言命法に関する議論の後、あっさり、道徳的な解明を捨てて、政治的・社会的・政策的方向に進んでしまったのが解せない、とのご意見もありました。

更に言えば、「道徳」という言葉に対して、「倫理」はどうなのか?同一概念なのか?違うものなのか?

個人的には、道徳と倫理には距離があると思っています。

他にも、「この本を読んでみたが、“常識的”過ぎて。哲学的ではないので、参加を見合わせた」、というお声も今回の会と別のところで頂戴しました。

論点整理と選書の難しさ

今回は、論点整理の難しさと、選書の難しさが際立った会でした。

上記の議論の他にも、プリズンサークル(受刑者の対話)の効果の真偽のお話や、よく非難の対象になる日本の有罪率99.9%の裏の意味など、興味深いお話もありました。

まさに、罪と罰の迷宮状態でした。

今回、強く感じたのは、議論しているその分野の専門教育を受けている方が、ひとりでも交じると、議論の様相は一変するということです(良い意味で)。

単純な誤解や無知、マスコミ情報などによる皮相な情報がシャットアウトされ、より冷静な議論に結び付くと感じました。

ちなみに、「死刑」というテーマは最初に決まっていましたが、選書は難航しました。

本書が最適であったと今も自負していますが、一応、候補で考えていた作品を以下にご提示致します。

今回と同一内容の哲学カフェを2020年3月にも予定しております。

私個人も考えを整理していきたいと思います。

とても「お気軽に」とは言えないのですが、ご興味ある方は、是非、ご参加ください。

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