私には、“東京”がどうあるべきかを性急に考えるよりは、“東京”とは何であったかを内側から自覚するほうがはるかに重要であろうと思われるのである。
磯田光一『思想としての東京』講談社、1992年、44頁。
今回は、評論家・英文学者の磯田光一(1931~1987年)の『思想としての東京』をテーマに哲学カフェを開催します。
皆さんにとって「東京」とは何でしょうか?
東京の一極集中は解消される気配もなく、特異な都市として、未だ羨望と嫉妬の対象であり続けています。
本書は1978年刊行ですが、ここで述べられた事情は、今も全く変わっていないように見受けられます。
「東京」とは何であるのかを問うことは、近代日本、すくなくとも戦後日本を問う事とイコールと言っても過言ではありません。
地方から上京した人、東京生まれ・東京育ちの人、東京を後にした人…
それぞれの立場から、本書を通じて、「東京」とは何であるかを考えてみましょう。
“地方”は“東京”にたいして“恥”の意識をもつことにおいてはじめて“地方”を自覚し、“東京”は“地方”を否定することにおいてしか“東京”であることはできなかった。このディレンマは、近代日本そのもののディレンマなのであって、このディレンマを回避したいかなる思想もリアリティをもつことはありえない。
磯田光一『思想としての東京』講談社、1992年、44頁。
開催日時
2026年7月19日(日)13:10~14:50
(13:00開場)
開催場所
中央区立産業会館(東京都中央区東日本橋2丁目22−4)第4集会室(4階)
・JR総武線浅草橋駅、JR総武快速線馬喰町駅、都営浅草線東日本橋駅、都営新宿線馬喰横山駅の各駅から徒歩10分以内。
参加費
1200円
募集人数・参加要件
- 10名程度(最少催行人数4名)
- 17才から60才までの方
課題作品
磯田光一『思想としての東京』(講談社文芸文庫・他)
※必ず読了の上、ご参加ください。
※入手困難かもしれませんが、図書館には大体、蔵書されています。