「戦後、日本は常に彼の国の属国だ。」
「戦後は続くよ、どこまでも。だから諦めるんですか?」
(「シンゴジラ」より)
「もし、あなた方の国、アメリカとソ連にゴジラが現れたら、その時、あなた方は、首都ワシントンやモスクワで、躊躇なく核兵器を使用する勇気がありますか」
(「ゴジラ」(1984年版)より)
今回の哲学カフェは、特撮怪獣映画「ゴジラ」シリーズから、リアル路線を目指した「ゴジラ」(1984年版/橋本幸治監督)と「シン・ゴジラ」(2016年/庵野秀明監督)の2作品をテーマに開催します。
「シン・ゴジラ」あらすじ
東京湾アクアラインにて原因不明の崩落事故発生。
官邸危機管理センターで、対応に当たっていた内閣官房副長官(政務)の矢口は、これが単なる事故ではないと推測する。
そして、その読みは的中し、未確認の巨大生物が東京湾から出現。大田区に上陸してしまう。
市街地を破壊しながら進む巨大生物に、政府・自治体は大混乱に陥る。
刻々と増える被害金額と死傷者の数。
官邸の矢口らは、首相に、自衛隊の防衛出動命令を迫るが・・・。
「ゴジラ」(1984年版)あらすじ
大惨事となったゴジラ東京上陸から30年後。
伊豆諸島近海での異常な遭難事故をきっかけに、政府はゴジラ再出現の可能性を認めるが、パニック回避のため、厳重な報道管制を敷く。
しかし、ソ連原潜がゴジラに撃沈されたことにより、米ソが一触即発となり、米ソ開戦を回避するため、止むを得ず、政府はゴジラの存在を公表する。
その直後、静岡県の原発にゴジラが上陸、原発を破壊し、海へ去っていく。
予測されるゴジラの首都圏上陸に備え、自衛隊を動員する日本政府に、米ソ両国はゴジラに対し、東京での戦術核兵器の使用を打診してくる・・・。
両作品は、怪獣映画に「政治」を持ち込むという実験的な、意欲作でした。
しかし、「ゴジラ1984年版」は、子ども向け路線のシリーズを一新しようとし、日本政府の動きや米ソ冷戦をストーリーに盛り込むなど、実験的な野心作でしたが、評価は分かれました。
その32年後に公開された「シン・ゴジラ」は空前の大ヒットとなり、社会現象にもなりました。
両作の明暗を分けたものは何だったのでしょうか。
何が同じで、何が違ったのでしょうか。
ゴジラにリアリティを持ち込む意義は?
戦後社会にとってのゴジラとはなんだったのか
さまざまな論点が浮かんでくるでしょう。
また、忘れてはならないのが、最新作「ゴジラ-0.0」(ゴジラ マイナスゼロ)が、間もなく2026年11月に公開されるという点です。
この作品は、2023年の映画「ゴジラ-1.0」(山崎貴 監督)の続篇です。
「ゴジラ-1.0」(2023年)では、「国家なきゴジラ」を前面に押し出し、政治・国家を可能な限り後景化した作風で、「シン・ゴジラ」とは対極の世界観を展開しました。
近年のゴジラは、一方に「シン・ゴジラ」の国家・政治を前面に出したリアル路線があり、他方に「ゴジラ-1.0」のように国家を後景化した作品があります。
そして、その対照的な二作品がともに大きな支持を得ました。
同じ「ゴジラ」という災厄を描きながら、なぜ一方では国家が前面に現れ、もう一方では国家が後景へ退くのでしょうか。
そこには、それぞれの時代における「国家」への期待や不信も映し出されているのかもしれません。
今回は、1984年版と「シン・ゴジラ」を中心に、この二作品の比較、さらに「ゴジラ-1.0」まで視野に入れながら、ゴジラと国家・政治の関係について考えていきます。
開催日時
2026年10月10日(土)15:10~16:45
(15:00開場)
開催場所
中央区立産業会館(東京都中央区東日本橋2丁目22−4)第2集会室(4階)
・JR総武線浅草橋駅、JR総武快速線馬喰町駅、都営浅草線東日本橋駅、都営新宿線馬喰横山駅の各駅から徒歩10分以内。
参加費
1200円
募集人数・参加要件
- 12名程度(最少催行人数5名)
- 17才から65才までの方
課題作品
- 映画「シン・ゴジラ」
- 映画「ゴジラ」(1984年版)
※上記二作が対象です。可能ならば、比較対象として、「ゴジラ-1.0」も見てきて頂くと、議論が拡がります。
※必ず事前に鑑賞の上、ご参加ください。
